借地人の死亡について


借地人の死亡
弁護士 元橋 一郎

 

1 厄介な事態
地主にとって、借地人が死亡しても、借地人の相続人の誰かが、そのまま地代を払って借地上の建物に相続登記をして借地を使ってくれるなら、問題はありません。
しかしながら、地主は、借地人が亡くなり、誰が借地人の相続人か分からない事態になると、弁護士に依頼して、借地人の相続人が誰かの調査等をしなくてはならず、結構面倒です。地主は、借地人の死亡は残念ですが、調査して、借地人の相続人に対し、借地人の相続人が何もしていなければ弁済拒否権はないので、きっちりと地代を請求するべきです。
地主・借地人とも、不動産を有している以上、事件が起これば、費用と手間がかかるところです。

2 一代限りの借地契約は原則無効
そこで、借地を誰が相続するかを不明になることを防止するために、借地人一代限り、借地権の相続を認めないとの借地契約の特約をすることが考えられますが、借地人死亡による借地契約終了の特約は原則無効です。
なぜなら、借地契約の期間は、借地借家法で、強行法規として最短の期間が定められているからです(借地借家法3条、9条)。
ただし、将来の借地契約解約合意として一定の場合には有効とする判例もあります。
なお、借家では、高齢者の住居を確保するために、行政の認定等を受けた建物等であれば、借家人の死亡で契約が終了する借家契約も有効です(終身建物賃貸借制度。高齢者の居住の安定確保に関する法律52条以下)。
www.juutakuseisaku.metro.tokyo.lg.jp/juutaku_seisaku/syushin_tatemono/index.html。

3 借地人の相続による名義書換料
借地人に相続が発生した場合も、名義書換料を請求する地主もいるようです。
確かに、借地契約は、強行法規や公序良俗や違反しない限り、当事者間で自由に決めることができるので、地主・借地人で借地人相続の場合の名義書換料が金額まで確定していれば、借地人の相続人に、相続による名義書換料支払い義務が発生します。
しかしながら、一般的には、物価変動等がある中で、いつ起こるか分からない借地人の死亡に備えて金額まで確定した名義書換料支払合意があるかというと、疑問が残ります。また、借地人の相続の際、名義書換料支払合意がない場合でも、借地人相続による名義書換料が支払われる慣習がある、とはいえないと認識しています。借地人の相続人が借地権相続による名義書換料を支払う義務を負うことは、稀と思います。

4 借地人の相続人の調査
地主は、借地人が死亡して、誰が借地人の相続人か分からない場合、地主側で亡くなった借地人の住民票の除票、戸籍等を調査する必要がでます。現実的には、弁護士に、借地に関する交渉を依頼して、死亡した借地人の相続調査をすることでしょう。
弁護士に依頼しても、死亡した借地人の戸籍住民票の調査には、数ヶ月程度の時間が必要です。死亡した借地人に子供がない場合、必要な戸籍等の数が数十枚に登ることもあります。

5 借地人の相続人が判明
地主は、死亡した借地人の相続人調査の結果、借地人の相続人が判明したら、判明した借地人の相続人に対し、直ちに地代の支払いを請求するべきです。
借地人の相続人が、地代を払ってくれば、問題はありません。
借地人の相続人から、借地権返還の申し出等があった場合、地域、広さ、物件の状態等次第ですが、後述の借地人の相続人不存在になると数百万円かかることがあり得るので、ある程度支払って和解することは、地主にとって経済的に合理的です。
あるいは、借地人の相続人は、地主に対し、相続承認するか、相続放棄するかどうか、他の財産・負債を含めて調査するため待って欲しい(民法915条)と言ってくるかもしれません。
これに対して、地主は、地代の支払を猶予する義務はないので、地代請求を維持することが適切です。なぜなら、借地人の相続人には、被相続人の財産調査をする間に支払い拒絶できる法的根拠がないからです。このことは、例えば、相続の限定承認者は限定承認をしたこと等の公告の終了まで弁済を拒むことができるという規定(民法928条)がありますが、相続の承認又は放棄をすべき期間(民法915条)には、弁済拒否を認める規定がないことから、明らかです。
借地人の相続人が、比較的長期に地代を不払いする場合、地主は、地代等の支払催告及び期限までに地代等の支払不履行を停止条件とする借地契約解除の通知を発することが、地主の権利維持の点からは適切です。

6 借地人の相続人の対応
地主から地代の請求を受けた借地人の相続人は、
①  3ヶ月程度であれば地代の支払をしなくても、借地契約の解除には至らないため、相続を知ったときから3ヶ月以内に相続の承認として地代を支払う、
②  相続放棄または限定承認の予定だが、保存行為として地代を支払い、借地権を維持する(民法921条1号)、
③  相続放棄または限定承認を家庭裁判所に申立て、地代を支払わない、
のいずれかの対応をするべきでしょう。
なお、相続の承認又は放棄をすべき期間の伸長(民法915条1項ただし書き)をして、上記②の期間を延長することは可能です。しかしながら、地代を支払わないで相続放棄するかどうかを長期に渡り調査することは、家庭裁判所は簡単に数回、数年に渡る相続の承認又は放棄をすべき期間の伸長を認めている現実はあるものの、地主から特に地代の支払いを猶予がされない限り、不可能です。なぜなら、家庭裁判所の相続の承認又は放棄をすべき期間の伸長の決定があっても、借地人の相続人には、被相続人の財産調査の伸長期間中、法的に地代の支払拒絶ができる訳ではないからです。
借地人の相続人は、長期間地代を支払わないために、地主から地代等の支払催告及び期限までに地代等の支払不履行を停止条件とする借地契約解除の通知を受領したら、借地権を維持するには、原則、期限までに請求額全額を支払うことが必要です。

借地人の相続人は、自身の利益確保のためには、借地権の相続を知ったら、迅速に相続や借地権に詳しい弁護士や不動産業者等と相談して、地主に連絡するとともに、他の財産負債や、建物の状態、借地権の利用方法や価値を調査し、早期に相続の承認、放棄を決めて、又は地代の支払いを継続して、地主との関係を円滑にすることが適切です。また、借地人の相続人は、相続承認する場合でも、自己使用や建物の賃貸しを希望しない場合、建物及び借地権譲渡を検討するべきです。

7 相続人の不存在
地主は、住民票、戸籍の調査の結果として借地人の相続人不存在となった場合、または、借地人の相続人が相続放棄(3次放棄まであり得る。)して借地人の相続人が不存在となった場合、他の関係者が何もしないときは、利害関係人として、家庭裁判所に相続財産清算人(民法952条1項)の選任申立をして、借地契約を整理するべきです。
一般的には、相続財産清算人選任申立は、弁護士に依頼する必要があり、弁護士費用の外に、家庭裁判所に対し100万円程度の予納金を支払う必要があります。ただし、最終的には、被相続人の財産状況によっては、相続財産清算人選任申立人である地主に、この予納金が返還されることもあります。
地主は、相続財産清算人の選任申立が必要な場合、土地を所有する以上、相当の費用がかかりますが、管理されない建物が残存し、地代滞納が長期化することは不適切であり、相続財産清算人から借地が安価に返還される可能性もあるので、早期に、相続財産清算人選任申立をするべきです。

 

以上